近年、ADHDの診断は増えている。学校現場や職場での理解の広がりがある一方で、過剰診断の可能性も指摘されている。実際、2021年のレビューでは、ADHDについて「過剰診断・過剰治療の確かな証拠がある」と結論づけられている(https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2778451?utm_source=chatgpt.com)
この問題は、個人の異常というより「環境とのズレ」で説明できることが多い。たとえば学校の集団行動に合わない子どもや、親との相性が悪い子どもが「問題」とされやすい。秩序を重視するASD傾向の親から見れば、ADHD的な多動や片付けの苦手さは「異常」と感じられることもある。
また、本人は困っていないのに周囲が問題視するケースもある。たとえば、ASDの子どもが一人で満足していても、「社交性が足りない」と評価されてしまう。
一方で、診断を受けなくても周囲に理解され、自分の特性を活かして生活している人も多い。しかし逆に、理解されず苦しんでいる人もいる。つまり重要なのは診断の有無ではなく、「特性がどう扱われるか」である。
現在の支援は「できないことを直す」ことに偏りがちだが、本来は「得意なことを伸ばす」視点も必要である。環境次第で特性は弱点にも強みにもなる。
発達障がいの増加は、単なる病気の増加というより、「社会が求める普通」の範囲が狭くなっている結果とも考えられる。だからこそ、その困難が本当に本人のものなのか、それとも環境によるものなのかを見極めることが重要である。
当方のカウンセリングでは、「できないことを無理に変える」のではなく、そのままの特性を大切にしながら、少しでも生きやすくなる方法を一緒に見つけていきます。

